世界一受けたい授業

最近結婚式というとチャペルでやる人のほうが多いのだろうか?それとも依然神前のほうが多いのだろうか?ちなみに私はチャペルだった。たしかに、クリスチャンでもない私がキリスト教の神に誓うの義理は無いのだが神様は神様だ、ありがたいことに変わりは無い。そういって何でも拝んでしまうのが「日本式の宗教」かもしれないのでかまわないだろう。だいたい、神前の結婚式だって明治になって始められたものでたいして伝統的なものでもないし。





そう、ご存知だったろうか?神前の結婚式というのは明治になってキリスト教式の結婚式の影響で始められたものなのだ。だいたい神道自体が現在のように組織化されたものになったの自体が明治になってからだ。

 このように、日本古来のものと思われているものが実は明治になってからヨーロッパのものの影響の上で成立したというものが案外多い。そして、音楽の分野での代表的な、かつもっとも誤解されているのが「日本の音階は、「ドレミソラのファ・シ抜きの音階」というものだ。

 本日日本テレビの「世界一受けたい授業」にピアニストのヒロシという人物が出てきてややはりそのように言っていた。それは日本人の「血」が憶えているというようなことだ。

 もし楽器のある人は一度弾いてみていただきたい私には「日本的」というよりもっと「大陸的」なイメージがある。どうも、日本的な「わびさび」が感じられないよく言えばおおらか悪くいえば能天気な感じがするのだが?

 私の感じだけでは何ともいえないだろうが、実はファ・シ抜きが日本の音階というのは明白な間違いである。例えば、「さくらさくら」はこの音階ではない。さらに「お江戸日本橋」も「江戸子守唄(ねんねんころりよ)」も、「ソラーン節」も「五木の子守唄」も「黒田節」も全部違う。逆に番組の中で日本の童謡は殆どこの音階で作られているといっていたが、例として挙げられていたのが「こいのぼり」「一年生になったら」など、全て明治以降に作られたものである。 さらに、「蛍の光」「山の音楽家」などヨーロッパの民謡にもこの音階でできているのは山ほどあるのだ。 実は、この音階はもっとも基礎的な音階として世界中にあるものなのだ。

さて、これが何故日本の音階のような顔をしているのか?それは、日本の音階にはいくつか種類があるのだがそのうちの民謡音階とこのファシ抜きの音階は構造が似ている。洋楽を取り入れた時に比較的簡単な民謡などに取り組んだ結果この音階が頻繁に出てきた。などの理由によって「明治政府によって積極的に推進された」という説がどうも信憑性が高い。

とは言っても、明治から百年以上これを日本の音と言ってしまっても間違いではないし、音楽は理屈でやるものではない。聞く人が心地よければそれでよいのだが。理論的な説明としては安易に日本の音階(日本人の血が憶えているなどと)と言ってしまってはよくないと思う。

私のHP(旧版)のほうで同じ趣旨のことを書いているところがあるので、よろしければ合わせて読んでいただきたい。こちらの一番下の文章。
 
 
[PR]
by jazzcello | 2005-10-22 23:13 | music
<< ジャキスの記事 Double Indemnit... >>