再び吹奏楽

以前の記事で、吹奏楽の本物志向が吹奏楽自身のアイデンティティを危うくしているということを言ったが、その続き。

吹奏楽の本物志向は、吹奏楽に力を入れている学校の吹奏楽部でクラッシックの編曲物をやるときに、最大限に発揮される。何せ、イングリッシュホルンなんぞは当たり前、ハープがあればハープを入れる。チェレスタがあれば当然。その他、印象的なところは極力原曲の楽器を採用する。さて、ここまで行けばだれでが次のように思いつくだろう「そんなら、弦もいれてそのままオーケストラでやりなよ」そのとおり、しごくまっっとうなご意見なのだがなぜかそうならない。

さてここで言っておきたいのは私は編曲物は否定しないということだ。



むしろ、編曲物は吹奏楽に関わらず大好きで、クラッシックを元にしたジャズなんていうちょと際物がすきだったりする。ただし、その際どんなところを評価するかというと「なるべく原曲の雰囲気を残しつつも、いかに違うものに変わっているかということだ。」

つまり、編曲というのは原曲というしばりの中でいかにオリジナリティを発揮するかが面白いのである。そういう観点からみると、吹奏楽でオケの曲をやるのは、「吹奏楽のオリジナリティを発揮する最大のチャンス」だと思うのだが、なにせ原曲という比べる相手があるのだから、「原曲ではこうだけと吹奏楽ではこんなことも出来ます」ということが出来るのだ。

しかし、現実にはいかに原曲通りの音を出すのかに終始してしまっていてそんな風になっていない。弦のパートにトランペットを当てるような大胆な編曲を期待する。
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by jazzcello | 2005-04-30 22:54 | music
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