古典

先日テレビを見ていたら、若い男性がピアノとのデュオでお琴(筝)を弾いていた。曲はオリジナルでまあ16ビートのリズミックな曲だった。ちょっと新しいことをやっている注目のミュージシャンという取り上げられたかだった。曲想には特に新しいものは感じなかったが(これこれで言いたいこともあるのだが今回は置いておく)まあ、その辺は好みの問題でこういうのがすきな人もいるのだろう。が、しかし、大きな問題があった。それはお琴の弾き方がまるっきり

ド素人 だったことだ。




たしかにパラパラと速い動きをリズムもずれずに弾いている。だけど、絃のはじき方・右手の動き・左手の操作・等々とてもお琴を習ったようには見えない。おかげで音の方も深みはまったくない。おまえにお琴のことがわかるのか?といわれそうだが、私の母はお琴の師範だ。(まあ田舎のしがないお琴の先生ではあるが、いっちゃあ悪いが母のほうが彼よりうまいぞ。もっともあの16ビートにのるのは無理だが)

あくまで想像なのだが、彼はピアノ(プロフィールによると子供の頃ピアノを習っていたらしい)をやっていたのだが、何か行き詰ってしまいそれを打破するのに「お琴」を使っているのではないだろうか?

お琴は、まあ深く考えなければ形にするのは簡単だ。ピアノが弾けるのならたいして練習もせずそれなりの曲は弾けるようになるだろう。しかも「私は古典に興味があるわけでなくて楽器としてのお琴を使いたいだけです」ということならそれで十分といえば十分。

しかしである。彼を見て思った。やはりある楽器をマスターしようとしたとき、その楽器が背負ってきた歴史といか過程・つまり古典ということ・を無視はできない。古典にはその楽器を操る上でのノウハウがすべて入っているのだ。

とは言っても、古典を極めようとしたらそれだけで人生終わってしまうので極める必要は無いと思うが、基本としての古典は収めておくのは必須だろう。ぜひ、お琴の彼も「六段」を一から練習していただきたい。それにしても、彼を誰が「認めて」テレビに出したのだろう?

あっ!!そういえばビバルディを練習せねば。
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by jazzcello | 2005-03-23 23:06 | music
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